迷い子

あの日の僕は どうかしていた
いつもの駅 いつもの改札を抜けて
いつもの角を 右に曲がった

かかとのすり減った 赤いスニーカー
真っすぐ伸びたコンクリートにぶつけながら 逆らわずに歩いた

転がった空き缶 ひとつ、ふたつ
タバコの吸い殻は 1本、2本
ひとり、ふたり すれ違った

公園には池がひとつ 水草は滲んだ黄緑色
夏にはカエルでも鳴いているんだろう あのしゃがれ声

植えられた木の影が風で揺れて
カラスが飛び立った先の 金属線の下
空より青い屋根の色で ふいに気付いてしまった

僕にとっての 何でもない場所
知らない誰かが住む 知らない町の
何でもない半透明な この匂いを
どうしてだろう いつか嗅いだことがある

懐かしい迷い子の 昼下がりの匂い

見知らぬ顔とすれ違う
知らない誰かが捨てたゴミを横目で見た
公園も池もカエルも知らない
カラスの寝床も 電線が繋ぐ そのずっと先も
屋根の下の 今夜の献立のことも

何も知らない僕は ただ 何でもないふりをして振り返る
スニーカーをコンクリートにぶつけながら急ぐ 息を切らして

懐かしい迷い子の匂いに気付いたら 帰りたくなった
僕の住む 僕の町へ

どうかしていた僕の一日は
いつもと違う角を左に曲がって
その先の、赤い屋根の下でいつも通りに終わる